この映画は国際的にも高い評価を受け、「第68回ロカルノ国際映画祭主演男優賞」を受賞したチョン・ジェヨンと「釜山映画評論家協会賞最優秀女優賞」を受賞したキム・ミニの主演作です。
監督のホン・サンスと主演女優のキム・ミニはこの作品のメディア向け試写会で「実生活でも恋人同士である」と衝撃の告白をして、堂々と不倫宣言をしたセンセーショナルさで世界から注目を集めました。
この映画以降、ホン・サンス作品の主演女優としてキム・ミニは『夜の浜辺でひとり』で「2016年ベルリン国際映画祭女優賞」し、続いて『それから』と『クレアのカメラ』で2017年カンヌ国際映画祭に2作同時出展という異例の快挙を成し遂げて、世界から注目されています。
このカップルが初めてタッグを組んだ作品が、2015年公開のこの映画『正しい日 間違えた日』です。
(画像はhttps://www.pinterest.jp/pin/493355334176725586/より引用)
『正しい日 間違えた日』あらすじ
映画監督のハム・チュンス(チョン・ジェヨン) は特別講義で水原(スウォン)にやってくる。スタッフのミスで予定より一日早く到着してしまった彼は、観光名所で魅力的な女性ヒジョン(キム・ミニ)を見かけ声をかける。絵を描いて暮らしているという彼女のアトリエを訪れ作品を褒め、寿司屋で過ごし、一緒にヒジョンの先輩が集まるカフェを訪れる。甘い雰囲気の2人だったが……。
公式ページより引用
『正しい日 間違えた日』見どころ
1日予定を間違えて水原(スウォン)へやってきた映画家督とそこで出会った女性との関係を、ちょっとしたタイミングのずれで全く結末の違う話に変えて2つのストーリーを描いています。
1つの映画の中で、場面や構成は同じなのに、ちょっとした変化で変わっていく2人の関係を不思議な空気感と共に味わえる作品です。
1日だけのヒューマンドラマと、1日で恋愛感情を昂らせるラブロマンの2つの視点が興味深く、今までにないタイプの映画だと思います。
あの時は正しく、今は間違い
予定変更のスケジュールが上手く伝わらず、映画上映と講演のために1日早く水原に来てしまった映画監督のハム・チュンス(チョン・ジェヨン)は手持無沙汰です。
水原の観光スポットである華城行宮(ファソンヘングン)の前の店でコーヒーを買ったチュンスは、行宮に入っていく女性を見かけて気になります。
一旦ホテルへ帰るものの、彼女の姿が記憶から消えず、外を見ると女性スタッフのボラ(コ・アソン)の姿があります。
彼女と語るうちに近くにあるソリ場で、2人でソリ遊んでから彼女と別れ、1人行宮を訪れると、そこには未だにさっきの女性がいました。
彼女はヒジョン(キム・ミニ)という名で今は絵を描いているようです。
チョンスはヒジョンをコーヒーに誘い、ぽつぽつとお互いに身の上話をして、彼女の絵を見るためにアトリエを訪れます。
彼女の絵を描く姿を見てから、夕食を摂るため近くの刺身の店でお酒と共に楽しく過ごしますが、ヒジョンは途中から用事があるのを忘れていたと言い、今度は彼女の先輩が営むカフェ「詩人と農夫」で楽しくお酒を5人で飲み、その晩彼女と別れてしまいます。
翌日は講演で司会進行役の態度に腹を立て、講演が終わると外でボラに文句を言いながら煙草を吸っていると、昨日のカフェで一緒になった先輩の友人女性が監督の映画作品のファンで自分の書いた詩を読んで欲しいと自分のノートを渡します。
これで水原の出来事は終わり、チュンスはソウルに戻ります。
ヒジョンともう2度と会うことはないのでしょう・・。
今は正しく、あの時は間違い
行宮に入っていく女性が気になったチュンスは、ホテルに戻るも彼女が気になり、行宮に戻ります。
暫くすると彼女に出会い、向かいでコーヒーを飲もうと誘い、それから絵を描くというヒジョンの絵を見に彼女のアトリエを訪れます。
彼女の絵について語っているうちに、映画監督としての芸術感情が昂ったチュンスは彼女の絵画作品を熱く語りだし、愛があってこその絵であるとか、恋愛を先にしてから絵を描くべきだなどと熱弁し、ヒジョンを怒らせてしまいます。
タバコを吸うと言ってもヒジョンにここは禁煙だと酷く突っぱねられ、外でタバコを吸おうと彼女に案内されて屋上に出ると、水原が見渡せる展望が広がっています。
そこで気を取り直したヒジョンは自分の家の方角を教え、それから食事に出ます。
店に入る前にチュンスは指輪を拾い、2人でお酒を飲んでいるうちに彼女にその指輪を渡すと、ヒジョンは「私たちの結婚指輪」と喜び、2人の関係が大きく変化しているようです。
その後、先輩のカフェに行きますが、今回は一緒に呑んでいた男性は外でタバコをふかし、ヒジョンも酔って寝ていて、先輩とその友人の女性2人とお酒を飲むチュンスですが、酔いが回って服をすべて脱いで全裸になってしまい、女性2人から変態扱いされます。
その後チュンスとヒジョンはカフェから2人で抜け出し、遠くへ行く計画など酔ったままに立てますが、結局はヒジョンの家へと送ります。
母親からの電話で変態といると言われたヒジョンはチュンスが女性2人の前で全裸になったことを知り、自分も見たかったと笑いますが、チュンスはあたふたするばかり。
心配する母親のために家に帰ろうとするヒジョンですが、まだまだ話したいと言うチュンスに母が寝たらまた戻ってくると約束して2回キスをして、次は口にキスをすると言い残して家に帰っていきます。
家の前でじっと待つチュンスですが、待てど暮らせどいつまでたってもヒジョンは現れず、寒空の中彼はとぼとぼとホテルに戻る道を選択します。
翌日は講演も恙なく終了し、司会進行役とも和やかにボラと3人で話していると会場にやってくるヒジョンを見つけます。
慌てて駆け寄るチュンスは彼女が今から上映される自分の作品を観賞するのだと聞き、喜びます。
上演する会場でチュンスはヒジョンに今からソウルに帰ることを告げ、名残惜しそうな2人の視線が絡みます。
映画も終わり、出てきたヒジョンはいつの間にか激しく降り出した雪の中を帰って行きます。
彼と出会うことはもうないと知りながら、雪に染まった水原の街並みにフェードアウトして行きます。
『正しい日 間違えた日』感想
この作品は前半と後半がシチュエーションが同じでも主人公の心の変化がかなり違います。
ちょっとしたタイミングのずれで、別の物語になるというのはなかなか面白く、どう違うのか何度も観返してしまうという狙いもあるのでしょうか?!
それならば私はまんまとその作戦に嵌ってしまい、3回も見直しました。
時間的な違いや気分による違いもあり、行宮の写真を撮る韓国客がカップルから女性3人に変化したり、ヒジョンの塗る絵の具の色がオレンジから緑に変化していたりと、心象以外にもちょっとした変化を楽しむことができます。
全体的に最初から最後までヒジョンに対してチュンスの「可愛い」とデレデレした表情からあふれ出す言葉と愛情が多くて、最初は呆気にとられました。
前半と後半ではチュンスが妻子持ちだと知ったヒジョンの距離の取り方と酔い方が変わってきます。
最初は有名監督として派手な女性の噂のあるチュンスに戸惑うヒジョンですが、前半では何度も「可愛い」と言われながらも上手く距離を取っていますが、後半では自分の絵を批判されたために感情を露わにしたヒジョンと監督の距離が近くなったように感じました。
不倫をテーマにした映画ですが、気持ちだけが2人の間で揺れ動きます。
気持ちのままに酔い方が2人の関係を変えていくのです。
妻子がいるという相手との関係であれば、出会って深く拘わらずにその日だけで終わった前半が正しいようにも思えますが、気持ちだけは宙に浮いたまま終着点がなく、後悔の念を残す間違った日でしょう。
後半ではチュンスが全裸になったりして女性たちから変態扱いはされますが、2人の気持ちが通じ合ったのは間違いでもあり、後悔しない関係を築けた分だけ正しかったような気がします。
どちらの道を選んでも2人の関係が許されないものなら、正しいとも間違っているとも一概には言えないでしょう。
敢えて言えば、私は後半の方が人間の感情として悔いはなかったのだろうと思いますし、楽しく観れたように思います。
何より講演会の進行役との関係が上手く行った後半の方が、彼の監督としての将来への意気込みが変わってくると思います。
どちらの物語もある意味では正しく、どちらも間違っているとは思いますが、わずかなずれな差異でこれだけ1日が変化することが自分の人生にも言えると考えると、人生って面白いですね。
『正しい日 間違えた日』まとめ
交際と不倫を発表した監督と女優の映画だけに、妻子がいながらも女性に惹かれる主人公の監督はホン・サンスの現身ではないかと勘ぐってしまいます。
彼の妻は2人がメディアに交際を発表しても「絶対別れない」と発言したようですので、叶わない愛を表現できたのではないかと思います。
そう考えるとラストの1人で水原の雪景色に消えていくヒジョンが悲しすぎますが、実際にはこの後も2人の関係は続いていくのですから、監督夫人に対する宣戦布告かと慄いてしまいます。
最初に主人公たちが赴いた「華城行宮」にチャングムの姿のイ・ヨンエの写真があるので何かと思えば『チャングムの誓い』のロケ地としても有名な場所でした。
すべてはこの「行宮」から始まるのですから、チュンスとヒジョンにとっても思い出深い場所となったのではないでしょうか?!
どちらが正しか間違っているかなんて、神でもない人間には決められる物語ではありません。
副題も「あの時は正しく、今は間違い」「今は正しく、あの時は間違い」とどちらが正しいかは決めていません。
ただ、選ぶことはできます。
━━あなたはどちらの物語が好きですか?と━━