韓国映画「密偵」は、1920年代を舞台に日本からの独立を主張する武装集団「義烈団」とそれを追う日本警察との情報戦を交えた確執を描いています。
韓国人でありながらも日本警察の警務であるイ・ジョンチョルを韓国映画界の重鎮ソン・ガンホ、義烈団のリーダーとして活躍するキム・ウジンを大ヒットドラマ『トッケビ』のコン・ユが演じ、韓国映画史上の記録に残るサスペンス・アクション巨編です。
2016年に韓国で劇場公開後21日で観客動員数750万人を超えた大ヒット作品です。
タイトル通り、どこにスパイが潜んでいるのかわからず、敵と味方を誰何するのは義烈団も日本警察も同じです。
情報が錯綜する中で互いの腹の探り合いをするこの作品は息つく暇もないほどのスリルを味わえます。
(画像はhttp://enews.imbc.com/News/RetrieveNewsInfo/187921より引用)
『密偵』あらすじ
朝鮮人でありながら日本の警察に所属するイ・ジョンチュルは、義烈団を監視しろ、 と部長のヒガシから特命を受ける。義烈団のリーダーであるキム・ウジンに近づき、 ウジンと懇意になるジョンチュル。しかしそれは、義烈団の団長チョン・チェサンが イ・ジョンチュルを“義烈団”へ引き込むための餌だった。
義烈団と日本警察の情報戦が展開する中、義烈団は上海から京城(現ソウル)へ向かう 列車に日本の主要施設を標的にした大量の爆弾を積み込むことに成功。
敵か味方か、 密偵は誰なのか、互いに探り合いながら爆弾を積んだ列車は国境を越えて京城へ向かうが、 そこで待っていたのは・・・。公式ページより引用
『密偵』見どころ
上海から京城(日本統治下の朝鮮の行政区域:今のソウル特別市)へと弾薬を運ぶ目的の義烈団メンバーと、それを見つけ出そうとする日本警察の攻防は見ものです。
まさに手に汗握る緊迫感が味わえます。
この映画は『悪魔を見た』のキム・ウジン監督が久しぶりに韓国で撮影したこともあり、話題を呼びました。
監督はホラー映画『箪笥』やイ・ビョンホン主演の『甘い人生』など映画界のヒットメーカーと言われてきましたが、2013年にはアーノルド・シュワルツェネッガーの州知事退任後初の主演作も手掛け、ハリウッドへも進出しています。
本作でソン・ガンホと組むのは4度目とあり、2人の呼吸がぴったり合った作品に仕上がっています。
また当時の趣ある街並みや、朝鮮総督府の内装、絢爛豪華なパーティーシーンなど、その時代に栄えた華やかさを芸術的に再現しています。
「義烈団」は実在していた!!
この作品は実際に1923年3月に起きた義烈団の事件を題材として脚色した、実話をオマージュした映画です。
当時日本の統治下という名の弾圧に苦しむ朝鮮人を助けるべく暗躍した集団ですが、とても愛国心に溢れています。
義烈団(ぎれつだん、의열단)とは、テロによって日本からの独立を目指すために結成された組織である。独立運動家の黄尚奎らの指導の元、金元鳳、郭在驥らを中心に結成された。本拠地の上海フランス租界や北京で手榴弾を密造し、官庁や要人を対象とする多くの爆弾テロを起こした。しかし、朝鮮系を含む一般国民を多数巻き込んできたために支持が広がないことから、組織としてテロで独立を目指すことに限界を感じた者たちと路線継続を望む者たちとで組織内対立が起きる。1926年以降に、残った者で独立した際には社会主義国家を建国することを目指したが、1935年に最終的に解散した。団員数は最盛期には2000人との見方がある。ただし、正規団員を頭株とする複数の組織を束ねる仕組みのため、自身が義烈団員であることも、攻撃の意図も知らずにテロ活動を行う末端団員もいた。ただし、正規団員を頭株とする複数の組織を束ねる仕組みのため、自身が義烈団員であることも、攻撃の意図も知らずにテロ活動を行う末端団員もいた。
義烈団を題材にした作品
『密偵』 (2016年) ソン・ガンホ&コン・ユ主演、キム・ジウン監督。黄鈺警部事件を元に描いたフィクション作品。ソン・ガンホが黄鈺警部、鶴見辰吾が白上佑吉京畿道警察部長、イ・ビョンホンが金元鳳、コン・ユが金始顕、パク・ヒスンが金益相、ハン・ジミンが女性義烈団員玄桂玉(ヒョン・ギェオク)(朝鮮語版)をモデルにした役を演じている。
私たち日本人から見ても日本警察の役人たちが悪人にしか見えません。
彼らが韓国でこんなことをしていたから反日感情を持たれたのだとしても納得できます。
ただ、韓国側の作った映像なので過剰に日本人を悪に描いた可能性も捨てきれないと思うと、韓国ドラマや韓国映画の好きな私は悲しいものがあります。
しかし、この作品は反日映画などではありません。
あくまで事件のオマージュとしての作品なのでご安心ください。
作品に登場する義烈団メンバーの当時の流行の最先端なおしゃれな服装も素敵です。
それにはこんな理由があったようです。
「義烈団員たちはスポーティーな素敵な洋服を着て、髪をよく手入れしており、いかなる場合にも潔癖なほどきれいに着飾っていた」
「彼らは写真を撮るのが大好きだったが、いつも今回が死ぬ前の最後の撮影だと考えていた」
— 『アリランの歌(Song of Arirang)』※『アリランの歌』(1941年) - 1931年に中国に渡った米国人女性ジャーナリストニム・ウェールズが、共産主義活動家で一時期義烈団員だった金山(本名 張志樂)の証言に基づいて著したルポルタージュ。
別の研究では、警察への発覚を避けるため写真をほとんど撮らず、もし撮影した場合でも原版は徹底的に回収したともある。
リーダーであるウジンが写真館を営んでいたのも、この理由からだったのでしょう。
豪華キャストの共演
引用にも登場していますが、主演のソン・ガンホとコン・ユ以外にも登場人物が豪華です。
- カメオ出演で最初に義烈団員として追われるパク・ヒスン。
- カメオ出演ながらも圧倒的な存在感のイ・ビョンホン。
- 謎の女性として独特な雰囲気を纏ったハン・ジミン。
- 義烈団の中でも荒い気性で何を考えているのか読めないシン・ソロク。
- 日本警察として義烈団を捕まえようと意気込むオム・テグ。
日本からは鶴見辰吾がいけ好かない日本警察のナンバー2として、活躍しています。
この鶴見辰吾が日本統治下の官僚として、本当に朝鮮人を見下した嫌な役柄で、日本俳優としての底力を見せてくれたように思います。
キム・ジャンオクの死
イ・ジョンチョル(ソン・ガンホ)は上海でもともとは通訳として働いていましたが、上海で結成された独立組織・大韓民国臨時政府の情報を日本に売った功績が認められて警務になりました。
ある日彼は朝鮮総督府刑務局ナンバー2の東部長(鶴見辰吾)から「義烈団」メンバーの1人であるキム・ジャンオク(パク・ヒスン)を生け捕りにするように指示されます。
ジャンオクが義烈団の資金活動作りのために日本人資産家に骨董品を売りつけようとしますが、のらりくらりと躱され、不信感を抱いたジャンオクが外を伺うと日本警察に取り囲まれています。
逃げるジャンオクですが、彼と旧知の仲のジョンチョルは複雑な心境で彼を追います。
負傷して小屋に立て籠もった彼をジョンチョルは説得しようとしますがジャンオクは「大韓独立万歳」と叫んで自殺してしまいます。
ジョンチョルに残されたのはジャンオクが負傷した際に自ら千切り取った足の親指だけ・・。
この作品にはグロテスクなシーンも多く、一番最初に目を背けたシーンがジャンオクが自分の親指をもぎ取る場面でした。
次のターゲット:キム・ウジン
ジョンチョルが次に東部長から与えられた指示は、キム・ウジン(コン・ユ)に近付いて諜報活動をし、更に日本人の橋本(オム・テグ)と組んでその情報を共有することでした。
橋本が本当に狙っているのは義烈団団長のチョン・チェサン(イ・ビョンホン)であり、中国から来たヨン・ゲスンという女性を探しているようです。
彼女はチェサンの秘書的存在であり、彼女を捕まえればチェサンの首を盗ったも同然だとうそぶきます。
ただ、問題は誰も彼女の顔を知らないということ。
ウジンの営む写真館で品のいい美女(ハン・ジミン)が写真を撮ってとせがんで、嫌々ながらもウジンは写真を撮りますが、これが後々この美女の大きな失敗となってしまいます。
彼女こそ顔を誰も知らないヨン・ゲスンだからです。
ジョンチョルはうまくウジンに近づきますが、ウジンには彼の正体がとっくにばれています。
正体を知りながらもジョンチョルの行動を見つめるウジン。
団長のチェサンはその頃上海で爆弾の専門家である外国人を呼び寄せ、爆弾を製造していました。
この物語の軸となる、爆弾を京城に運ぶ作戦を実行しようとしていました。
目的は朝鮮総督府(韓国合併により大日本帝国領になった朝鮮を統治するための官庁)を爆破することです。
そこでチェサンは大日本帝国の密偵であるジョンチョルを抱きこむという大胆な作戦を思いつきます。
「密偵は敵にも味方にもなる」
ジョンチョルを招待して、チェサンとウジン3人の協議の場が持たれます。
この時用意されたのは樽に入ったお酒です。
3つの椀にチェサンは得意顔でどんどん酒を注いでいきます。
この場面は強く印象に残りました。
3人で酒を飲みほしても誰ひとり酔わず、注ぎ方もともかくガンガン鬼のように注ぐ。
そして、ソン・ガンホ、イ・ビョンホン、コン・ユの韓国実力派俳優3人のオーラが半端なく凄いのです。
それどころか酒がなくなると、今から夜釣りに出かけようと持ちかけるチェサン。
夜釣りをしながら自分たちに協力しないかとチェサンはジョンチョルに持ちかけます。
戸惑うジョンチョルですが、チェサンの説得の末、同じ祖国を持つ同じ国の民族として密偵の密偵をするという複雑な役目を引き受けます。
しかし、ジョンチョルは何度もチェサンに言います。
「俺は裏切り、寝返るかもしれないぞ」
しかし、それを聞くたびにチェサンは微笑みを浮かべるのですが、この微笑みが威圧感があって凄いと思いました。
微笑みだけで夜釣りという暗闇の中でここまで大物の雰囲気が出せるイ・ビョンホンは凄い役者なのだと思いました。
『密偵』キャスト一覧
『密偵』感想
最高に面白い映画なのですが、グロテスクなシーンが多く、まともに観られませんでした。
何回も目を逸らしました。
最初の義烈団メンバーは皆こざっぱりしていて、誰しも当時にしては高級な衣装を身につけています。
残された文献にも、義烈団は誰しも髪型や服装は垢抜けていたとありますし、当時のトレンドの先端にいたのではないでしょうか?
それだけ庶民から義烈団は慕われ、特別だと思われるほどの存在であったと思います。
爆弾を京城へ
上海から京城に向かう列車の間がこの映画の最大の見せ場です。
しかし、コン・ユは『新感染』以来列車から離れられないようになりましたね(笑)。
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義烈団メンバーと日本警察の攻防が情報と共に錯綜します。
誰が密偵であり、本当の敵と味方を見分けなければなりません。
そうでなければ双方の作戦は失敗します。
ジョンチョルは橋本と共に行動を取りつつも、ウジンとも連携します。
まずは京城の前に安東駅まで行くことが目的です。
そして二重スパイとなったジョンチョルの協力のもと安東から京城行の列車に乗り換えます。
爆弾を作った外国人と共にいる主要メンバーを探すため、傲慢な橋本は自分の手柄を立てようと1等客室に入り、朝鮮人であるジョンチョルには雑魚を探すように3等に行かせます。
義烈団の中にも日本警察の密偵がいて、義烈団の情報は橋本に筒抜けのようです。
1等にはゲスンが乗っているのですが、橋本がやってくるのを知り、無理やり胸元を大きく開けます。
これは色仕掛けではなく、当時胸元を見せるのは飲み屋の女か娼婦などで、わざと自分の身分を偽ろうとしたのです。
この作戦は功を奏しますが、次はウジンの番です。
客車のドアを開けて座り込んだ瞬間に、橋本が立ち上がり自分に近付いてきます。
どんどんと近づく橋本に観ている方もドキドキして、逃げてと叫びだしたくなる欲求に駆られます。
しかし、そこには子供のおむつを替えるウジンの姿が・・。
何事もなく過ぎる橋本の脅威にこちらまで安堵しました。
咄嗟にその席にいた見知らぬ赤ちゃんのおむつを替えてあげ、母親からは感謝されますが、それはあくまでも橋本から目をそらすためです。
しかし、この時母親に微笑んだコン・ユの笑顔にはとても癒されました。
義烈団内の密偵を見つけ出したウジンですが、あろうことかそれは中心メンバーであるチェ・フェリョン(シン・ソロク)でした。
フェリョンを問答無用とばかりに始末するウジン。
しかし、フェリョンの死により橋本に見つかってしまい、絶体絶命になるウジンです。
そこでジョンチョルが橋本を打ち殺してウジンを助け、「次に会う時は敵同士だ」と言い残して走る列車から飛び降ります。
列車は京城駅に着きますが、そこには義烈団を捕まえるために警察隊の包囲網がありました。
次々と捕えられる義烈団の面々・・そのメンバーにはゲスンも含まれていました。
ゲスンはウジンの写真館で撮った写真があったため、誰も顔を知らない謎の女性ではなくなっていたのです。
残酷な日本警部・東
捕えられたゲスンは拷問を受けます。
それでも気丈に何も話そうとしないので、東がやって来ます。
失礼な言葉ばかりをゲスンに投げかけますが、頑なに顔を背けて拒否の姿勢を保ったままの彼女にとうとう最終手段の拷問を繰り出します。
赤々と焼けた鏝を取りだし、ジョンチョルに無理やり渡してゲスンに当てろと命じます。
さすがにこれには恐怖に轢きつるゲスンですが、ジョンチョルも戸惑っています。
決して自分では手を下さないところが東のずるいところでもあり、朝鮮人には朝鮮人をぶつけて自分の心には呵責を残したくないという姿勢なのでしょうか?!
それとも密偵としてのジョンチョルを試しているのか・・多分両方だったのだと思います。
ためらいながらも焼き鏝をゲスンの腿に当てようとしたジョンチョルに東は言います。
「違う、顔だ」
さらに恐怖に戦く表情になるゲスンと、驚きと恐怖を感じるジョンチョルですが、上官命令では仕方なく・・。
次々と義烈団メンバーが逮捕されている中、ジョンチョルはウジンの隠れ家に行き、彼の欲しがっていた身分証を手配して渡しますが、それは罠で日本警察がジョンチョルを泳がせてウジンを捕まえるためでした。
拷問シーンにより一番驚いたのはゲスンやウジンの変わりようです。
前半では当時の流行の髪型や服装で輝いていた2人が、ラストではボロボロの囚人服で見た目も変わり果て、表情からも生気がなくなってしまっています。
体を痛めつけられるというのは、ここまで精神さえも追い詰めるのだと実感しました。
ただ、2人とも朝鮮という祖国が日本から独立することを願うという気持ちだけは最後まで捨てませんでした。
どんなにボロボロに痛めつけられても、自分の信念は揺るがない強さを感じられます。
捕まったウジンも見るに堪えないような激しい拷問を受けます。
ここも目を背けるようなシーンばかりです。
一度は逃げたジョンチョルも捕まり、ゲスン、ウジンと共に裁判にかけられます。
ボロボロになったウジンと、廃人のようになり、左頬に火傷の残るフラフラのゲスン。
ジョンチョルは自分は大日本帝国のためにずっと働いてきて、未だに日本警察の警務であること、義烈団とは関係のないこと、ウジンとは仲間でも友でもないことを日本語で切々と訴え続けます。
それから一ケ月後、解放されたジョンチョルはたまたま運ばれていく小さな遺体を見てしまいます。
運ぶ男が言うには「一ケ月食事もせずに今朝死んだ女」と言うので、掛けてある筵の中を見るとそれはゲスンの変わり果てた姿でした。
ウジンもまた牢の中でそれを知り、ただでさえ傷ついた彼が一層弱々しくなったように見えました。
ジョンチョルはゲスンの死から、また密偵として暗躍する決意をします。
ウジンから託された爆弾の半分を自宅の床下から取り出し、東が今夜訪れるパーティー会場に仕掛けます。
ゆっくりと階段を下りてきた東が手渡されたシャンパンを飲み、盛大な拍手で迎えられると一通の封筒を手渡されます。
その中にはジャンオクの死亡書類とジョンチョルの手元に残された死んだ彼のどす黒く変色した足の指が・・。
慌てて東は階下を見回すと、そこにはシャンパングラスを掲げて扉から出ていくジョンチョルの姿があり、彼の真意に気付いて東の顔が歪んだ時にはもう遅く、会場は大爆破して東はこの地で最期を迎えます。
残りの爆弾は・・
残りの半分の爆弾はジョンチョルの手からチェサンの部下であるソンギル(グォン・スヒョン)に渡されます。
ジョンチョルは「チェサンにまた会おうと伝えてくれ」と言って消え去ります。
ソンギルは学生の身なりに扮して、爆弾を積んだ自転車をこいでいきます━━彼の目の前には朝鮮総督府が聳えており、彼は悠々と門をくぐっていきます。
投獄されたウジンがゆっくりと微笑んで物語は幕を落とします。
実際の事件のオマージュなので、続きは私たちの頭の中にあるのでしょう。
朝鮮総督府が爆破されたのか、それとも爆破されずに済んだのかは私たちのそれぞれの思い描くべき続きの話です。
あなたなら、続きをどう予想しますか?
そして生き残っている彼らのこれからの運命がどうなると思いますか?
私たちは最後に監督から自分で続きを考える命題を与えられたと感じてしまいました。